誰も止めないので書けるだけ書く

読みやすくするように頑張ります

音ゲーサークルに入る前に…

はじめまして(の人に読まれることを不遜にも想定している)、現在大学音ゲーサークルには全く所属していない*1Ashrmです。ちなみに現在の音ゲー力としては、2月10日に発狂2段に受かりました。新大学1年生の方で発狂2段程度の方はたくさんいると思われます。

 

大学初年度を迎えようという、これから始まるキャンパスライフに希望を抱いている(?)人に暗い話をしようという趣味の話です。

あなたは今音楽ゲームに興味があって、というか音楽ゲームをそれなりにやっていて、大学入学後に音ゲーサークルへの入部を希望しているかもしれません。 してない人でもこの記事を興味深く読めるとよいのですが。

関東の主要な音ゲーサークルには、早稲田大学のBBD東京大学のB4UTがあり、ほかにも京都大学にも京大音ゲーサークル京音が知られていますし、それ以外の主要大学にも数えきれないくらい音ゲーサークルが存在します。

私も大学に入学したら漠然とB4UTに入るつもりでいました。そして、大学に入学し、真っ先にB4UTの最初の例会に参加しました。

 

そこで「あ、私ここにいる必要ないな」と思い、それ以降の一切のB4UT関連のイベントに参加しませんでした。

 

このとき何があったのかについてこれから冷静に考えていこうと思います。よくある話だとは思うんですよ。これから書くことは非常に情報を削った話で、実際にあったであろう多数の要因の内それなりの割合のものが無視されている(あるいは書きたくないので書かないでいる)ことは本来言うまでもないことです。まず私がもともと社交的ではなかったという要因が非常に大きいということはとりあえず脇に置いておくことにします。

私は大学音ゲーサークルを何だと思っていたのでしょうか?

そもそも私は音ゲーを「一人でプレイするゲームに見えるが、実際は一人でプレイし続けることの不可能なゲーム」だと思っていました。基本的に自分自身の成長がゲームの中心にあり、その成長の軌跡を共に走ってくれる、あるいは少し先に立っていてくれる人が必要だという意味でです。そのような仲間に出会えるであろうことは、音ゲーサークルの主要な利点の一つとして誰もが挙げることでしょう。

しかし、さっき脇に置いておいた社交性なんですが、これがないと積極的にそのような人間を見つけ出すことができません。もちろん友達と一緒に音ゲーをするのは楽しいですが、それだけでは音ゲーで友達はできないのです。

このような態度は、ひょっとしたら「人間関係のいいとこ取りを望んでいる」ように見えるかもしれないことに気が付いています。社交性というのはいわば「自分を慣れ親しまない環境に投げ込むことのリスクや難点」を承知しているうえで積極的に人間と関わっていこうという姿勢でしょうが、私の態度はそのようなリスクなどなしに仲間がいることの利点を享受したいと思っている、失敗している態度です*2 。

私が音ゲーを始めたのは中学卒業から高校入学あたりの時期でしたが、そこから高校3年間音ゲーを続けることができたのは、ひとえに「高等学校」という、ゆるい人間関係を半分くらい強制的に結べる独特な環境のおかげでした。ところが、これが大学になると、そのような半強制的なものはいきなり存在しなくなってしまいます。これは音ゲーサークルにあっても例外ではありません。結局コミュニティで中心的になれるのは音ゲーが強いか社会的に強い人かのどちらかで、初心者歓迎といっても地力がなければ注目は当然されない感じです。結果として、いくらB4UTや京音が大所帯といっても、実態は「輝いて見える少数とその他有象無象」です。

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やあ!

いや、さすがに私もそのことが入学前にわからないほどのバカではなかったとは思います。ただ、同じ高校のそこそこの知り合いが複数人B4UTにいることから、その関係を利用すればB4UT内で少しの地位、少なくとも居場所を得ることができるだろうという(カスみたいな)希望があったので第1回の例会に参加するところまではこぎつけたのですが、現実に直面して退散してしまったというわけですね。

そもそも「音ゲー」という共通の趣味があるから喋れるという前提すら成り立っていなかったかもしれません。私は、大学入学時は音ゲーをやっていたとはいえCytusなどとかBMSのspackage以外ろくな音ゲー知識のない状態*3で、今もアーケード音ゲーに関する知識のなさは大きく変わっていません(金もなければ勇気もない*4 )。結果、ボルテやIIDXの話題で基本的にしゃべることができませんで、音ゲーサークルの利点がかなり消滅している気がします。

そして、大概音ゲーサークルの文化圏にいるオタクは 音ゲー以外の趣味 を持っています。音ゲー以外のゲーム(対戦ゲーム、作品性の強いゲームなど)、百合漫画、アニメ、AtCoder、数学、...私は音ゲー以外に話題を広げられるオタク趣味を持っていない人間、つまり、「一人でただ何も考えずひたすらクリアなり記録なりに挑戦していればよく、ストーリーに感情を揺さぶられることもなく、倫理観を問われることもない」から音ゲーが趣味として定着した類の人間でした。そのような人間は豊かな心を持っておらず、「音ゲー以外の趣味の話をすることができない」以上に人間的に損失しているところが大きいように思えます*5

 文化圏に参加したくないのに仲間が欲しいったってそうはいかないわけでね。

 

ここまでの話に少しでも心当たりのある人がいればいいなは、音ゲーサークルに入るべきでないわけはないですが、少なくとも音ゲーサークルの喜びを味わうために多少の困難が伴うでしょう。心当たりのない人は、こんな人もいるんだなと思ってもいいし、見なかったふりをしてもかまいません。多分放っておいても死にません。

しかし、それでも音ゲーで他の人とつながることに大きな利点があることは間違いはありません。そのためのSNS力とか人望とかがなくても、音ゲーをやり続けることによってわずかな可能性は残るはずです。そんな希望ほとんどなさそうでもサークルを抜ける理由にはならないかもしれません。「あ、私ここにいる必要ないや」じゃねえんだよ。

さて、あなたの音ゲー地力は今後どこまで伸ばせるでしょうか?

 

 

 

ところで、ほかの大学生音ゲーマーの整然として読ませようと最大限の工夫がなされたブログなんか読んでいる(お前はもうちょっと読みやすくする努力をしろよ)と、なんだか「何も極められない奴は何をやってもダメ」感が湧いてきませんか?私は湧いてきました。しかし、当然これは間違っていて、正しいとしたら「ダメ」の範囲があまりにも広く、つまり極めている人間の立ちうる立ち位置にあなたや私がいなければならないなんてことは全然なくて、もう少し現実的な形での何かを目指していきたいですよね。悲しいことにそれが具体的に何なのかは私には見当もつかないんですが。

 それと関係しているのかわかりませんが、最後に「京音メンバーの日記」の一つの記事のリンクを張ります。これは京大音ゲーサークル京音の公式のブログであり、時折サークル構成員が記事提出期限に苦しむ姿も見られるようなちゃんとした運営がなされているブログのように見受けられますが、たまにこのような一般的な陰キャ大学生の苦悩そのものを無加工でぶちまけたような記事が投稿されることがあります。これが普通だということではないのかもしれませんし、実際この記事は京音の内部で賛否両論を巻き起こしているようなのですが、音ゲーサークルの「その他有象無象」のあくまで一例としては適しているような気がします(失礼すぎる)。個人的には、私の高1時代のTwitterと同じものを感じました。

 

keionkakimasen.hatenadiary.com

 

それでは、何よりもよい大学生活をお送りください。無理かもしれないけど。

 

 

*1:実は音ゲーサークルの人間と一切交流していないわけではなく、音ゲーサークルとあまり関係のないDiscordで多少の交流があります。そこではむしろ京音の人間のほうをよく見かけます。

*2:そもそも内発的な動機が弱いから仲間を欲しがるのです。実は音ゲーは一人でもできます。音ゲーサークルの力など借りずとも一人だけでOverjoyを取った人間が同世代でいるようです。

*3:IIDX家庭用のRED~DDを少しやっていたくらい

*4:ここにも社交性の問題も当然関わっています。ゲームセンターという「場」に慣れるには少なくない積極性が必要です。ところで、例えばB4UTではアーケード音ゲーの知識を中心に問われる「入部試験」が毎年度最初の例会で行われています。

*5:しかし、「一人でただ何も考えずひたすらクリアなり記録なりに挑戦していればよく、ストーリーに感情を揺さぶられることもなく、倫理観を問われることもない」面白いゲームは音ゲーのほかにもたくさんあって、界隈の中にはそのようなゲームばかり紹介していることで通っている人間もいるようで、つまりこのような趣味の存在と社交性は無関係なのかもしれません。やはりコミュ障か…